岩﨑 千恵さん
CHIE IWASAKI
- ご所属
- 長崎短期大学地域共生学科
- 参加コース
- 講師育成コース(2020年度)
今回インタビューに応じていただいた岩﨑千恵さんは、佐世保市にある長崎短期大学地域共生学科に勤務していらっしゃいます。
- 大学教員として「子ども」の日本語教育にかかわる
- 韓国で触れた「多文化家族」がきっかけ
- 福岡・佐世保地域の「多文化家族」への支援を考える
- 研修で学んだ「日本語「で」学ぶことは子どもの生存権を守るためのツール」
- 多様な活動をプロデュースすること
長崎短期大学地域共生学科とはどのようなところでしょうか?
岩﨑地域社会の抱える社会的課題の中でも「介護」や「多文化共生」を自分事と捉え、主体的に学び解決する力を育成する学科です。私はその中の国際コミュニケーションコースに所属し、主に留学生が学ぶ日本語を担当しています。日本語と言っても、検定試験合格だけを目標にするのではなく、地域の一員として地域をエンパワメントする学内外での活動を通して、留学生の総合的な日本語運用能力の獲得を支援しています。一例としては、食物科とのコラボ授業があります。留学生が故郷のレシピを食物科の日本人学生に教え、将来、食物科の学生が給食の栄養士になったときに「食育」の中の「多文化」に活用してもらおうという企画でした。
また、一方で、本学には留学生支援センターがありませんので、生活面・心理面での支援も行っています。
では、岩﨑さんの現在のお仕事では、直接「子どもの日本語教育」にかかわることはないのでしょうか。
岩崎私は以前韓国の大学で日本語教師だったのですが、その際に韓国人と結婚した多文化家族(다문화가족)と言われるいわゆる国際結婚をした方々の子どもの日本語教育に接する機会がありました。当時は、母語支援への金銭的な補助があまりない中、ある日本人女性が家庭文庫を開いていてその熱意に心を打たれた経緯があります。その方だけでなく利用者の方々へインタビューをした際に、結婚移民者の抱える「子どもと言語」の関係は単純に使用言語を選ぶだけといったような言語選択だけの問題ではなく、移民者を取り巻く継承すべき文化と子どもを繋ぐ大切な絆であることに直面しました。
特に海外において結婚移民者の文化は圧倒的な少数派になるわけですから、多くの支援が必要です。しかしながら、私が接した結婚移民の方々は互いに協力しながら子どもが継承語を維持できる環境づくりに努力なさっていました。このような経験から、帰国後も子どもの日本語教育に関して私ができることとして、福岡でも環境づくりに携わるようになりました。例えば、現在も学校司書教諭を養成する大学のコースで授業を担当していますが、私ができることは学校にいる「可視化されにくい」外国ルーツの子どもについて、将来、教員になる学生たちや学校の現役教員に周知をすることや、図書を通して継承語・継承文化に触れることの意義などについて考えてもらう機会を作ることを心がけてきました。
佐世保市の児童や高校生と留学生とで交流授業をすることがあるのですが、そこで先生にうかがうと、たいてい外国ルーツの子どもが数人いるのですが、集住地域のような手厚い支援は受けられていないことがわかります。こういうことも若い人たちに伝えていく必要があります。
今年、本学に入学した留学生で子どもを日本に呼び寄せるケースもありました。留学生の多様化も「子どもの日本語教育」と無関係ではないように、日本語教師もこれまで以上に多様な知識・経験が求められる段階に入っていると思います。
教員を養成する課程では、教員免許取得の条件として日本語教育や多文化共生については必修になっていない大学が多い中で、岩﨑さんのお仕事は教員や教育にとってたいへんありがたいことです。
すでに大学で教員養成に携わって来られた岩﨑さんが、あらためて「講師育成コース」に参加しようと思ったのはどうしてですか。
岩崎佐世保市における外国につながる子どもへの日本語教育支援が他の地域に比べて少ないので、佐世保市の多文化共生社会の実現のために知見を広げ、システム作りや人材育成に力をつけたかったからです。
動画講義は参考になりましたか
岩崎動画講義では、実際の教育現場や教育の仕方だけでなく、国の言語政策としての日本語教育や日本語教育を取り巻く状況、子どもに特有の社会的な事情など多様な観点からの学習の機会をいただいたと思います。
スクーリングや活動で印象的だったことは?
岩崎多くの実践者が参加しているため、数々のエピソードや課題、悩みを共有できました。またSlackを使って講師コースの仲間と多くの情報を共有することや、議題について提案、相談することもとても印象深かったです。常に子どもと接する環境にいない自分では思いつかなかったような考えに触れることができ、多くの学びや気づきにもつながったと考えています。課題の中では教育実習が最も印象深かったです。
私の職場は短期大学であることから、ある程度日本語を学んできた学生が日本語のレベルを上げるために入学してきます。本学の日本語の授業では、場面や目的に即したシラバスに沿って授業を展開しますが、そのほとんどが「日本語検定」「日本語ライティング&グラマー」「日本語会話」など、キャリア実現のための日本語を学ぶための教科であり、授業内容となっています。
しかしながら、子どもの日本語教育の場合は検定試験合格を目指しているわけではないし、突然、親に連れてこられた子ども、つまり言葉を学ぶ準備をする時間もなかった子どもたちに、教育の保障を提供しなければならないわけですよね。また、保護者の方にも十分な理解が日本語では困難な方もいらっしゃいます。そのような方の場合は、必ずしも日本語の役割が試験を伴うような教科としての日本語ではなく、「情報をつたえるための日本語」となります。さらに、子どもたちにとっては、日本語「で」学ぶことが子どもの学習権やキャリアにつながるだけでなく、生存権を守るためのツールとなっている、そんな印象があります。
研修プログラムの実施形態や方法で魅力的だったことはありましたか。
岩崎他の研修でも同期型、非同期型の組み合わせの研修を受講したことがありますが、この研修は、かなり細かく課題が設定されていて、学習の明確化につながりました。スクーリング前の事前学習や話し合いにおいて学習目的を共有することで講師コースの皆が同じ目線で学習できたと考えています。何よりも、これまでの日本語教育の背景が異なる研修生が、日本だけでなく国外からも参加し、情報共有・学習を共にできたことはとても魅力的な部分でした。その分、講師の先生方は大変なご苦労があったと推察され、感謝しかありません。
最後に、ご自身の現場での研修活動につなげられたこと、今後、つなげたいと考えていることについて教えてください。
岩崎様々な実態に触れることで、現在の活動地域である佐世保市での支援の方法や支援対象がより明確化されただけでなく、課題も同時に浮き彫りになりました。
予定していた地域での人材育成の研修は、ことごとくコロナの感染拡大で延期、中止になってしまい、なかなか実施ができていないのですが、講師コースでご一緒した松浦さんと守山先生(多文化共生サポーターすくすくクラブ)のお誘いで、2022年7月30日(土)に福岡県人権啓発情報センターの講座にて「外国につながりのある子どもの教育保障」というテーマで講演をしました。
教育ではなく「人権」を扱うセンターの講座ですか。
岩崎はい。県民講座の一般の方を対象とした講座で、センターからは「どんな方が来られるかは事前にわかりません」と言われていたんです(笑)。それで、私はとにかく支援したいと思ってくれる人を増やそうと臨みました。
テーマに興味関心のある方々が来てくださるわけですから、より関心をもって広めていただくために、研修で学んだことを含め、自身の支援の内容などについてお話しました。実際に来られた方は、シルバー世代の方たち、小中学校や高校の教員の方たちもいらっしゃいました。
講座を行ったのは、春日市という福岡市に隣接する市なのですけれど、福岡市の先生方の参加は少なかったのです。福岡市以外の教員の方たちが来てくださって。お話をうかがったら、県の地区ごとに教育委員会がある地域では対象とする児童生徒の数も少ないですし、あまり活発な活動というものがないということでした。それで、「ずっと待っていました」「やっとこういう講座に参加できました」と言ってくださいました。 事情としては、こんなことが考えられます。福岡市は市に教育委員会があり、外国ルーツの子どもの数も多い。また、学校の先生方が自発的に勉強会を始めていて、JSL研究会という教育委員会も教員の活動として認めている研究会もあるのですね。それで、自分たちで努力して情報共有や研究を進めていらっしゃる福岡市の先生方の参加はあまりなかったのではないかと。
この講座には、意外なことに制服を着た高校生の参加もあって…「この若者は?」と思って話を聞くと、自分の高校に外国ルーツの友だちがいて、この友だちは困っていることがあっても自分では言えないだろうから、(そのような人たちを)助けたいと思ってここに来てみた、と言うのです。おまけに、この高校生が暮らしているところから春日市までは交通アクセスが本当に悪くて、長時間かけてここまで来てくれたのですね。感動で思わず拍手しました。
これまでの経験から、外国につながりのある子どもたちの支援をするといったときには、「なぜ外国人の子どもに私たちが支援する必要があるのか?」といった批判をもらってしまうことがあり、暗い気持ちになることもあるのですが、このような若い世代に温かな気持ちが芽吹いているのを目の当たりにすると、とても力になりますね、とその場にいた支援者の方々と一緒に手を取り合って喜びました。
ああ、いいお話ですね。こういう講座をきっかけに、何か継続的な活動につながっていくといいですね。
岩崎ええ。まずは地域の日本語教育支援体制を作ることを佐世保市と計画しているので、子どもの日本語教育を含めた多世代にわたる支援につなげていきたいと考えています。
地方都市にはよくあることかもしれませんが、国際交流協会で活動されている方たちの高齢化によって、その方たちの経験が継承されていかないことや鉛筆を持って学ぶというようなスタイルの学習が活動の中心になってしまうなどの課題があるのですね。佐世保市も海外に出ていく活動から国内・市内での多様性に向けたまちづくりに目を向け始めているということもあり、少し風が吹いてきたと感じます。佐世保市の職員を対象とした「やさしい日本語」の研修をして、そこに留学生も参加してもらったりもしています。
また、佐世保市では米軍関係者の子どもが外国ルーツの子どもとしては数が多いのですが、ゆくゆくは教育委員会とも連携して支援を広げたいです。
すごい機動力ですね、岩﨑さん。こうしたひとつひとつの活動がつながっていくのは、岩﨑さんのご職業柄というか、広い視野で全体を見ていらっしゃるからこそなのでしょうね。
岩崎私たちが子どもたちに残せるものは、教育だと思うのです。それと、韓国にいたころは、自発的に何かをしなければ何も得られないことを経験から多く学んだからかもしれません(笑)
日本語教育に携わる人は、多くの他分野の方々の叡智と連携する必要があると思います。餅は餅屋と言いますが、各々の専門知識を合わせることで、もっと良いものが出来上がるのではないでしょうか。UDデジタル教科書体(株式会社モリサワ)はご存じでしょうか。最近はよく多くの場面で見るようになりましたが、私はこの文字にディスレクシアの方々を対象にするだけでなく日本語学習者への可能性も感じています。現在は、株式会社モリサワと書字の教材開発も進めているので、これらの活動も子どもの日本語支援につなげる計画です。本年度末には、教材として手に取っていただけると思います。