山下 千聖さん

CHISATO YAMASHITA

ご所属
早稲田大学大学院日本語教育研究科
参加コース
子ども初任コース
山下 千聖

山下千聖さんは、認定NPO法人カタリバ(以下、「カタリバ」)に勤務しながら、「早稲田大学大学院日本語教育研究科 博士後期課程」(以下、「大学院」)で研究もしていらっしゃいます。

そんな“二足のわらじ“を履きながら更に2021年度「子ども初任コース」を修了された山下さんは、何を目指して受講し、何を得られたのか。お話をうかがいました。

POINT
  • NPOの仕事が大学院の研究につながる
  • 自文化中心主義から文化相対主義への「矢印」を知ったからこそできる関わり
  • 外国にルーツのある子どもを支援・指導する日本語教師にも、実践の振り返りや悩みを共有できる仲間が必要

NPOの仕事が大学院の研究につながる

山下さんはNPOでお仕事をなさりつつ、並行して大学院博士後期課程で研究もしていらっしゃるということですね。まず、NPOカタリバではどんな活動をされているんでしょうか?

山下普段、カタリバでは外国にルーツのある高校生をメインに支援をしています。ただ、日本語の指導とか支援ということに特化しているわけではなく、どちらかというと、キャリアのことを一緒に考えたり、自信をつけるための支援や生活のサポートをしたりしています。 生徒自身を支えるだけでなく、学校の先生がどう授業をしたらいいのかとか、日本語がわからない子への配慮がどういうところにあるといいか、またどんな工夫ができるんだろうっていうところを一緒に考えています。個別の支援計画の作成や、先生たちのこれまでに工夫されてきた蓄積をまとめることをカタリバでやっています。

なるほど。もう一方の、大学院での研究内容というのは?

山下外国にルーツのある子どもが少年院に入ってくることがわかってきました。少年院にどのくらいの外国にルーツのある「少年」がいるのか実態調査を行なったり、実際に少年と話したり、少年院で実施できる日本語教育を模索したりしています。

先進的なテーマですね。少年院で日本語教育が必要だという認識は広がりつつあるということなんでしょうか。

山下そうですね。以前から明らかに日本語指導が必要だろうという少年たちに対しては(日本語指導が)あったんですけど、そういう少年たちは少なくなってきていて、今はほとんどいません。逆に、カミンズの生活言語能力(BICS)は身についているけど、学習言語能力(CALP)は身についていない少年が多いです。そして、学習言語能力が身についていないことに少年本人も周りも気がついておらず、不適応を起こしている場合もあります。そういう、日本人と同じような指導を受けている少年に対しても本当は日本語教育が必要なんじゃないか、というように認識がちょっとずつ変わってきました。

「カタリバ」でキャリア支援など様々な活動をされていることと、大学院での研究は、やはり関係してくるのでしょうか。

山下外国にルーツのある若者との対話経験や日本語教育の実践経験が少ない中で、研究をしたり、論文を書いたりするというのは、不安でした。実態に合わないこともあるのではないかと思っていたからです。また、少年院に入らない外国にルーツのある若者でも、生活に困っていたり、勉強したいと思っているけれど機会がなかったりすることもあると思います。

自信がない子がすごく多いということは様々な研究から明らかになっていました。では、私は何ができるんだろうって考えたときに、関わって、実際に将来のためにどのように行動したら良いのか、課題があればどのように解決できるのか当事者と対話して一緒に考える必要があるのではと思いました。自信がない子が多くて、自信を創出していくまですごく時間がかかるけれど、すごく大事なことなので。

自文化中心主義から文化相対主義への「矢印」を知ったからこそできる関わり方

そういった問題意識を持つ中で「子どものための日本語教育研修」を受講されて、どの部分が特に印象的でしたか?

山下私にとって一番大事だと思ったのが、「自文化中心主義・文化相対主義」のパートです。例えば私の研究で言うと、「外国人だから犯罪するんでしょう」とか、「外国人はちょっと…」みたいな考えを持ってしまう人がいるのは事実なので、そこからどういうふうに受容・適応し、統合していくのか、どうやって文化相対主義の方に移っていくのかを考えることが重要であると改めて感じました。

「(外国人と接するのが)怖いです」と言っている外国人の方々との接触経験が少ない学校の先生や日本人の同級生、その保護者、近所に住んでいる人に対して(そうではないと)言うのは簡単だけれども、その人たちを変えていかないと社会は変わらないです。特に、外国にルーツのある子どもたちの周りにいる子どもたちも、ずっと拒否したままだと思うんです。また、外国にルーツのある子どもたち本人も周りを拒否し続けてしまうことも深刻だと思います。

そこを変えていくというか、(変わっていくプロセスを表す)「矢印」があると再認識できて、理論と研究やカタリバでの実践が結びついて、ちょっと安心しました。

「矢印」というのは?

山下「異文化に対する感受性」(Bennett, M.J., 1986)について、「拒否、防御、矮小化」(自文化中心主義)から、「受容、適応、統合」(文化相対主義)の方向に進んでいく変容のあり方を示したものです。

公益社団法人 日本語教育学会(2022)『子どものための日本語教育研修ハンドブック』p.144

公益社団法人 日本語教育学会(2022)『子どものための日本語教育研修ハンドブック』p.144

山下「今この人はこのプロセス上にいるから、こういうふうに働きかければいいかも」とか、「こんなに人のことを拒否するっていうことは、過去に何かあったのかもしれない」とか、段階を意識して私も考えることができるようになったと思います。自分の当たり前を疑おうと頑張ってはいたんですけど、そこに理論がくっついてちょっとスッキリしました。(プロセスを経て)人は変われるから、どの段階にいる人なのか整理し、アプローチ方法を決めるというプロセスが重要であるということを、改めて研修を通して考えることができてよかったなっていうふうに思います。

変容していく時間のかかり具合は、本当に人それぞれだと思います。ずっと「拒否」の部分で留まっている子も多いですよね。

山下多いですね。ここが一番サポートを必要とするところなんでしょうけど、この段階で嫌なことがたくさん積み重なってしまった子が、そのあと大変になってしまうことがありますよね。周りの人を全面拒否する一方、ちょっと優しくしてくれた子だけに固執してしまうなどといった形で。

「防御」とか「拒否」の段階にある子の中には、親から強いプレッシャーを受けてしんどい思いをしている子もいますよね。

山下保護者もまだ矢印の左側(プロセスの序盤)にいると考えたら、サポートするときにも心が楽になれて、まだ何とかすれば受け入れてくれるかもしれないと思えます。地域や行政などと連携しないと難しかったり、もしかしたら保護者の方が働いている会社とか、そこの社長さんとか。そちらからアプローチする必要があると思っています。子どもの日本語に関わる一教師という立場では入りにくいところがあると思いつつ、でもやりたいっていうのは、研修のグループワークでディスカッションしていても思ったことです。

外国にルーツのある子どもを支援・指導する日本語教師にも、実践の振り返りや悩みを共有できる仲間が必要

ほかに、今回の研修をカタリバでのご活動にどう活かしましたか?

山下自分の実践を振り返るということに、よりしっかりと取り組まなければいけないと思いました。また、他の人の実践を見てそこから学べることもあると思ったので、カタリバでも(振り返りの共有を)実践しています。研修を受講したことで、カタリバで振り返る内容にプラスして、日本語教育の観点でも私が自覚してやれるようになったことは収穫でした。昨年、オンラインで伴走(カタリバでは、目の前の生徒と同じ方向を見て一緒に考えるという意味も込めて「指導」ではなく「伴走」ということばを使っています。)しているメンバー同士の振り返り方法を見直しました。実際に、メンバー同士の振り返りを見たり、コメントしたりすることでそれぞれの実践も良くなり、自分では思いつかないアイデアに出会うこともできました。実践が良くなるということは、子どもたちにとって良いことのはずですし、チームとしても重要なことだと思います。

メンバーのほとんどが日本語教師ではありません。そのため、日本語教師の目線からもメンバーにコメントすることもあります。また、私自身も他のメンバーが伴走をしているところを積極的に見学したりしています。自身の実践を内省するきっかけになっていますし、メンバーと実践方法について意見交換することにもつながっていると思います。

その意味では、他に研修を受講された“同期”の方が、この研修での学びを現場で実践し考察したこと、振り返ったことがみんなで共有し合える場があれば、とてもいいと思いますが。

山下Slackのグループがあって、困ったことがあれば皆さん相談を書き込んでいるようです。でも私は、研修を修了してからはあまり活用できていません・・・。

研修修了後はSlackをあまり見ていないという過去受講生の声も時おり耳にしますが、なぜなのでしょうか。

山下個人情報をなかなか(文字にして書き込む形で)共有できないというのもありますね。口頭だったら、個人情報など伏せながら、生徒を特定されないように相談できますが、個人情報を伏せながら文字で相談すると、うまく意図を伝えられなかったり、誤解を生んだりもすると思うので、少し難しいです。Slackに書き込むのはちょっとはばかられます。

現在受講生や過去受講生の方に聞いても、研修を通して知識はとてもたくさん得られたし、ディスカッションもできたけれど、実際に現場に帰ってみて、細かい教え方とか、個性的な子に出会ったときの対応方法とか、結局一人で悩みっぱなしという方もいらっしゃるようです。どうすればいいと思われますか。

山下カタリバだとチームでやっているので、困りごとが共有される仕組みがあって、すぐ相談できるんですけど。そうではない方、例えば取り出しで学校に入ってやっている方は、相談できる相手がたぶん本当に少ないと思います。私も中学校に入っていたときに、誰に相談したらいいんだと悩みました。この子のことを知っている人が少なすぎて相談できないとなったときに、「重いな」って考えてしまう先生がいるのは、確かにそうだろうと思います。

私も今後、中学校や小学校でも日本語を教えたいと思っているので、そのとき誰に相談するかが課題になるかもしれません。もちろん、学校の先生や地域の日本語教室と連携も必要だと思います。でも、日本語指導員同士の意見交換や学び合いも大切だと思います。なので、この研修のメンバーで何か共有できたら一番いいんだろうなっていうふうに思います。研修生のグループが地域ブロックごとに分かれているので、その地域の日本語指導員ネットワークみたいなのができるとすごくいいなと思います。

研修を通じた出会いを息長く活用する仕組みがあると、より良いですね。ありがとうございました。

令和4年度 日本語教育人材の研修プログラム普及事業

児童生徒等に対する日本語教師【初任】研修

公式ウェブサイト『 ひまわり』

himawari-jle.com

Himawari[ひまわり]

本研修を受けた皆様が太陽(持続可能な豊かな未来)に向かって雄飛し、花咲く様子をあらわすタイトルとしました。また、ひまわりの花言葉は「愛」です。児童生徒たちへの愛が溢れる社会になってほしいという想いも込めました。
私たちは、本事業が子どもの日本語教育・支援活動とその環境構築に際し、人が育ち、つながり、ともに課題解決にむけ協働できるものとなるよう取り組みます。